George Chakiris Blog
呼び覚まされた望郷
- 2012-01-31 (火)
遅くなりましたが、ロサンゼルスからの新年のご挨拶です。みなさん、お元気ですか?
1月も今日で終わりですね。たぶん私たちが想うよりもずっと早く、春はもうすぐそこまで来ているのでしょうね。

先月の12月16、17、18日と私の生まれ故郷、オハイオ州ノーウッドなどに行ってきました。私たち家族は私がわずか3歳の頃にここを離れましたので、それ以降、初めての帰郷だったのです。

今回はたいへん仲の良い友人であるリー・メリウェザーもこの旅に同行しました。
リーはとても素晴らしいアクトレスであり、元ミスアメリカで、1966年の『バットマン・オリジナル・ムービー』ではキャットウーマンを演じました。本当に彼女は素敵なのです。

私たち家族がその当時に住んでいた建物を訪れたときにはたいへん感激しました。
その昔にこの建物の1階部分では、私の父と祖父がお菓子を売っていて、スィーツやアイスクリームなどを置いていました。

建物の裏庭にはビアガーデンがあり、美しい緑に囲まれて、精巧に作られた大理石の天板がはめ込まれた鉄製のテーブルがあったことを思い出します。
またその周りにはリンゴとサクランボの木々もありました。そしてちょうど頭の上の高さまで葡萄のツタが伸びていて、夏の季節など、それは美しい光景でした。
私たち家族はこの店の2階部分に住んでいて、私はよく階段を使って下りると、店のキャンディーやアイスクリームをこっそり味見することが大好きでした。

私たちは市長や大勢の市民からの歓待を受けました。歓迎会はノーウッド中学校で催されました。
この歓迎会では、過去に私が出演した映画からの場面の幾つかが上映され、またその後は市民の皆さんと私の質疑応答も行われ、たいへん有意義な時間を過ごすことが出来ました。

また市長から「12月16日は“ジョージ・チャキリスの日”」と宣言されたことは、大変名誉なことです。
もし、ここに父と母が今もいたならば、どんなに誇り高かったであろうかと考えざるを得ませんでした。そして、私は今回のノーウッドに滞在していた時間、ずっと父と母のことが頭から離れなかったのです。

次に、私たちはノーウッドからオハイオ川を渡ってすぐのケンタッキー州オーガスタにあるローズマリー・クルーニー・ハウスに向かいました。
映画『ホワイト・クリスマス』の中でローズマリーが唄った挿入歌“Love, You Didn’t Do Right By Me”で私は4人のコーラス・ダンサーの中のひとりを演じました。

そしてこの後、たくさんの女性たちからファンレターがパラマウント・ピクチャーズに届き、その多くが「あの人は誰?」と私のことを知りたがっていたようです。
これがきっかけで、私はパラマウント・ピクチャーズ専属の俳優になることが出来ました。

このことは、私にとってエンターテイメント業界での大きな足掛かりとなり、またローズマリーは私のよき友人となりました。
彼女はとにかく素晴らしい人で、彼女のことが大好きでした。ですから、今回のローズマリー・ハウスを訪れることはとても楽しみなことでした。
現在、彼女の家はミュージアムとして運営されて、彼女の出演映画からのポスター、写真や衣装などが収められ、公開されています。

オーガスタに到着した夜、彼女の弟で、現在もケンタッキー在住のニック・クルーニー(ジョージ・クルーニーの父親)と彼の奥さん、また数人の友人たちを交えて静かなディナーを楽しみました。

ちょうど、その週にはクリスマスパレードも催されていました。
リーと私は隣同士で、パレードの車の一つに乗り込みました。たいへん寒い気温でしたが、多くの人で賑わいました。
またこのパレード後にもディナーが催されて、ニック・クルーニーも飛び入り参加してくれました。ニックはとてもユーモアにあふれた愉快な人です。
このディナーの後は、ここでもファンとの質疑応答が行われました。ここでの人々もみんなフレンドリーで、滞在中はずっと長く知っている親しい友人たちと過ごしているように感じました。
ローズマリーも生前は、全く同じように暖かな雰囲気を持つとても気さくな人でした。
ですから、ローズマリー・ハウスを訪れることは、わたしにとって彼女への最大の賛辞としたかったのです。彼女はいつでも私に優しく接してくれて、本当に素敵な女性でした!!

さて、今回はこんなところで終わりにしたいと思います。それではみなさんお身体に気をつけて。
次回お会い出来るまで、みなさんのご多幸をお祈りします。
ジョージ
人生最良の日
- 2011-12-12 (月)
日本の皆さん、こんにちは!

今年は「ウエストサイドストーリー」50周年記念の年ということもあり、この数ヶ月とても忙しくしています。

前回お話したとおり、去る11月15日、20世紀フォックスがロサンゼルスのグローマンズ・チャイニーズ・シアターで、「ウエストサイドストーリー」の50周年を祝う特別上映会を催しました。
今日はさっそく、その日のことをお話しましょう。

なんといっても、半世紀前にプレミアム上映された劇場と同じ劇場での上映会でしたので、当時を思い出して私は感慨無量でした。
リタ・モレノやラス・タンブリンをはじめとする多くの出演者も出席し、まるで同窓会のような賑やかさでした。

私はこの上映会に、テレビ・ドラマ「ダラス」で共演した女優のモーガン・フェアチャイルドを招待しました。
ユーモアがあり、とても知的で素敵な女性です。そして写真などより、実物の方がずっと美しいことを、ここで言っておかなくてはなりません。その美しい女性をエスコートして、私はレッドカーペットを歩きました。

上映会に先立ち、午前11時、リタとラスと私の三人は、手形と足形を劇場の前庭に標す式典に臨みました。なんと名誉なことでしょう!

ハリウッドスターの仲間入りを果たしたのです!このグローマンズ・チャイニーズ・シアターに手形を残すという名誉を与えられることは、映画業界に生きる人にとってはまさしく“夢”なのです。
それは、最大級の賛美を贈られたことを意味するからです。

そして、ほんの一握りの俳優しかこの名誉を与えられないのです。ですから、私たち3人にとって、それは本当に特別な瞬間だったのです。

当日は、多くの親類も駆けつけてくれました。妹のキャサリンとアテナ、そして弟のスティーブは、劇場横のマダム・タッソーで行われたVIPパーティにも参加して、一日中私と一緒に居てくれました。
甥のヴェイル夫妻、姪のアテナ・ゾエ、ヘレン、アネッテ、ゲイル、そしてエレインも。

皆、私のために集まってくれ、自分のことのように喜んでお祝いをしてくれました。
互いに慈しみ合う素晴らしい家族を持って、私は本当に幸せです。両親も、きっと喜んでくれていることでしょう。

来週末は、オハイオ州にある生まれ故郷の町、ノーウッドへ行く予定でいます。
ハリウッドスターのローズマリー・クルーニーと映画「ホワイトクリスマス」に敬意を表して行われる、盛大なクリスマス・パレードに参加するためです。

今でも、クリスマスを代表する映画といえば「ホワイトクリスマス」。
そのように人々に愛される映画に出演できたこと、そしてローズマリーと共演できたことを、本当に光栄に思っています。私はその映画で、劇団のダンサーの役を演じました。

そういえば、同映画で共演したミュージカル・スター、ヴェラ・エレンもノーウッド出身です。

なんという偶然でしょう!このようなすばらしい偶然ならいつでも歓迎です。それにしても世間は狭いものですね。

次回は、そのノーウッドの様子を書くことにしましょう。私自身、3才の時にノーウッドを離れて以来はじめての帰郷となるので、とても楽しみにしています。

それでは、今日はこの辺で。次回まで、どうぞお元気でお過ごしください。

ごきげんよう。
P.S. サンキューフォーWOWOW!!
ジョージ
【翻訳 H・SANO】
11月15日、グローマンズ・チャイニーズ・シアター
- 2011-10-31 (月)
日本の皆さん、こんにちは! お元気でお過ごしのことと思います。

またもや、ご無沙汰をしてしまいました。「ウエスト・サイド・ストーリー」のブルーレイ発売(日本発売は12月16日)を記念して、その発売元であるFOX社とのインタビューに追われていました。

さて今日は、ビッグニュースがあります。

前回もお話したとおり、11月にグローマンズ・チャイニーズ・シアターで、「ウエスト・サイド」の特別上映会が、限られた招待客だけのために催されることになりました。
皆さんも既にご存知のように、「ウエスト・サイド」は、同シアターで、1961年に封切られました。そして同じシアターで、50周年記念の上映が行われるのです。素晴らしいことですね。

ロサンゼルスの観光スポットにもなっているグローマンズ・チャイニーズ・シアターは、たいへん歴史のある劇場であると同時に、その前広場には、マリリン・モンローやクラーク・ゲーブル、グロリア・スワンソンなど、往年のスターの手形が敷石にあることでも知られています。
そして最近では、ショージ・クルーニーをはじめとする現代の映画スターの手形も加えられています。

そんなハリウッド映画史の栄光を物語るようなグローマンズ・チャイニーズ・シアター前広場に、他の大スターと並んで、リタ・モレノ、ラス・タンブリン、そして私の3人の手形が加えられることになりました。ビッグ・サプライズ、まさしくビッグニュースです!
こんな名誉なことはありません。そして「ウエスト・サイド・ストーリー」という永遠に愛される名作に出演することができたことを、本当に誇りに思っています。式典は、11月15日の特別上映会の前に行われることになっています。

思い起こせば、この劇場の1ブロックとなりにあったダンス・スクールに通いはじめたのが、1951年のことでした。ダウンタウンのメイ・デパートメントストアで朝8時から夕方5時まで働き、その後ダンスのレッスンを2クラスとっていました。
同じハリウッド・ブルバードに部屋を借りていたので、クラスが終わっての帰り道には、いつもこの劇場の前を通っていました。

その10年後、この劇場で「ウエスト・サイド」のプレミア上映会が催され、自分が列席することになるなんて、当時は夢にも思っていませんでした。そしてその翌年、リタと私は、アカデミー賞を受賞するのです。
そして今、子どもの頃に憧れていた銀幕のスターのとなりに、自分の手形が並ぶのです。私の映画人生の集大成ともいえるでしょう。本当に嬉しく誇らしい気持ちでいっぱいです。そしてグローマンズ・チャイニーズ・シアターは,私の人生には欠くことのできない永遠に特別な場所となったのです。

当日の詳しい様子は、次回お知らせしたいと思っています。

その時まで、どうぞお元気でお過ごしください。

ごきげんよう。
ジョージ
【翻訳/H・SANO】
2011年、「ウエストサイド物語」50周年記念
- 2011-09-05 (月)
日本の皆さん、こんにちは! 楽しい夏休みを過ごされましたか? ロサンゼルスは、暑い日が比較的少なく過ごしやすい夏でしたが、そんな夏も間もなく終り、季節は秋に移ろうとしています。

今年は、映画「ウエストサイド物語」の50周年記念の年にあたるため、多くのイベントが企画されているようです。
既に7月には、ハリウッド・ボウルでコンサートが開かれました。

ハリウッド・ボウルは、 全米一大きな屋外円形音楽堂として、ハリウッドでは特に有名な存在です。
多くのアーチストのコンサートやイベントが行われてきました。

その夜は、映画がハイビジョンの巨大スクリーンで上映されました。
歌と台詞はオリジナルのままを流し、なんと音楽は全曲、ロサンゼルス・フィルハーモニックの生演奏という、素晴らしくも贅沢な企画でした。

来週は、ニューヨークのリンカーン・センターでのコンサートに出席する予定でいます。

リンカーン・センターといえば…「WSS(ウエストサイド物語)」のプロローグを撮影したのが、現在のリンカーン・センターが建っているまさにその地でした。
撮影が終了するとすぐに古い建物は取り壊され、センターの建設工事が始まりました。そんなことから、リンカーン・センターでの今回のイベントは特別な意味合いがあります。

コンサートはロンドンと、おそらく東京でも行われることになるようですので、その折には、また日本へ行くことができるかもしれません。そうなることを願っています。
私は本当に日本が大好きですから。そして、また多くの友人に会えることを楽しみにしています。決まり次第、このブログでお知らせしたいと思っています。

先週、友人のリタ・モレノから電話をもらい、今週に行われるオークランドでの彼女のショーに招待を受けました。
オークランドは、サンフランシスコのすぐ側にある町です。
オープニング・ナイトなので是非参加したかったのですが、私はちょうどその頃はニューヨーク(前述のコンサートのため)に滞在しているために、残念ながら行くことができません。
しかし、ニューヨークから戻り次第、出来るだけ早く彼女のそのショーを観に行こうと思っているところです。

そうそう、もうひとつおきなイベントがあります。11月に、ハリウッドのグルーマンズ・チャイニーズ・シアターで「WSS」のスペシャル・イベントが催される予定です。
個人的に、このイベントには感慨深いものがあります。何故なら、1961年に封切上映された劇場が、このシアターだったからです。
そのプレミアに、リタと一緒に出席したことを懐かしく思い出します。
ハリウッド中のスターが正装して勢揃いした豪華なイベントでした。その時のナタリー・ウッドの美しかったこと!

上映後には、今はなくなってしまいましたが、ロバート・ケネディ大統領候補が暗殺されたことでも有名なアンバサダー・ホテルで、盛大なパーティが開かれました。
私たち皆にとって、夢のようなそして記念すべき一夜になったのです。
今はもう、かつてのような盛大なプレミアが行われなくなってしまったのは,残念です。

ロビーとマックスも元気にしています。
毎晩、寝る前にはおやつをあげるのですが、どうやらそろそろその時間のようです。
彼らが私をじっと見て待っています。
そんな仕草も本当に可愛いものです。

今夜はこのへんで、おやすみなさい。
どうぞ、お元気でお過ごしください。
良き友、良き家族に恵まれたことに感謝しつつ。
では、また次回に。
ジョージ
【翻訳 H・SANO】
カンヌからパリへ
- 2011-07-26 (火)
日本の皆さん、こんにちは。日本の夏は今年も大変暑いと聞いていますが、いかがお過ごしですか?
出来るだけ涼しく快適に暮らせるよう、工夫をしていらっしゃることでしょう。
ここロサンゼルスでも暑い日々が続いています。ロビーとマックスはデリケートなので、彼らの居る部屋がちゃんと涼しくなっているかどうか、いつも気を配っていなければなりません。彼らは私の愛する友人、同居人ですから。

前回は、私がカンヌからパリへ発つところまで書いたと思います。早速その続きをはじめましょう。

パリまでは電車で移動しました。そのため、美しい海岸を見ながらの楽しい旅となりました。
南フランスは本当に美しく素晴らしいところで、また来年も来たい、と思わずにはいられませんでした。

到着したのは夜の8時を回っていました。すでに灯りがともったパリの街は、なんとも幻想的なムードでした。
パリへは幾度も行ったことがありますが、夜に到着したのははじめてのことで、あらためて灯りに照らされたパリの美しさに息をのみました。建造物、銅像、噴水、そしてノートルダム寺院…すべてがファンタスティックです。

翌日、テレビ局の関係者と、ある人物を訪ねました。あのジャック・ペラン氏です。フランスを代表する俳優であり、イタリアでも大変活躍されています。
日本では「ニュー・シネマ・パラダイス」で、成長したトトを演じたことでも有名ではないでしょうか。
再会するのは「ロシュフォールの恋人たち」以来でしたので、とても懐かしく思いました。素晴らしい人柄で、大変良くしていただきました。彼は、俳優だけではなくプロデューサーとしても多くの優れたドキュメンタリー映画を制作し、成功しています。
特に2002年に制作した「WATARIDORI」は、日本でもご存知の方が多いと思います。テレビ番組の対談でお会いしたわけですが、話しに夢中になり、お互いにカメラがあるのすら忘れてしまうくらい楽しい時間を過ごすことができました。お会いできて本当に嬉しかったです。

次の日、ふたたびテレビの仕事がありましたが、今回お会いしたのはふたりの美女、クラウディア・カルディナーレとマリナ・ブラディでした。
撮影はイタリアン・レストランのテラスで行われ、撮影後は中に入って、スタッフを交えて—もちろん私は、クラウディアとマリナの間に座って夕食をとりました。クラウディアは、以前ロサンゼルスへ来た時に私がプレゼントしたブレスレットを着けてきてくれました。優しい人です。
総勢8人の夕食で、会話が弾んでとてもにぎやかでした。飛び交うのはほとんどがフランス語で、私のフランス語も今回の旅行で少し上達したようですが、クラウディアとマリナは私のために英語で話してくれました。
クラウディアとマリナの間に居るなんて、不思議な気持ちになりましたが、夢のようでもありました。今も美しく生き生きとしているおふたりと共演した、「ブーベの恋人」と「モナリザの恋人」は、私の大好きな作品です。
本当に彼女たちと仕事ができてラッキーでした。そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ、ホテルへ戻る時間となってしまいました。別れるのが辛くなるくらい、本当に楽しいひとときでした。

その翌日、やはりテレビ局のアランという青年が、パリ郊外にあるマリナの自宅へ連れて行ってくれました。
マリナは私たちにお茶を入れてくれ、いろいろ話しをしたり、ロシア語で唄っている彼女のCDも聴かせてくれました。彼女は美しい声の持ち主でもあります。マリナのご主人が亡くなっていた事も知りました。
ロシアでは大変有名な歌手であり作詞家であった方です。彼の音楽はとても力強く、説得力がありました。彼に関する本や絵も見せていただきました。
そして帰り際、彼女が一冊の本をくれました。彼女自身が様々な事について語っている本で、私のことも書かれているとのことでした。読むのが楽しみです。
マリナのお陰で、素晴らしい午後のひとときを過ごすことができました。メールアドレスも交換したので、これからはお互いいつでも連絡が取れるようになりました。

翌朝に、私はロサンゼルスへ戻りました。カンヌとパリの素晴らしい12日間の旅。ビューティフルな12日間、パーフェクトな12日間でした!
そして、ロビーとマックスとの再会。おそらく彼らはさみしい思いをしていたのでしょう。
私が帰宅してしばらくは、なかなかそばへ来ず、よそよそしくしていましたが、暫くしてやっと「お帰り」の挨拶をしてくれました。万事、オーケーです。

これが、私の楽しかったこの夏の出来事です。
皆さんも、どうぞ楽しい夏休みをお過ごしください。そして、暑さに負けないようご自愛ください。

それでは、ごきげんよう。
ジョージ
【翻訳 H・SANO】
カンヌ国際映画祭2011
- 2011-06-14 (火)
日本の皆さん、こんにちは!
今そちらは梅雨のようですが、いかがお過ごしですか?

今年はついに、カンヌ国際映画祭に行ってきました。
そこで今回のブログでは、その様子をお伝えしたいと思います。

カンヌでは最高に楽しい時を過ごしてきました。
私と同様、アメリカから訪れていた友人と落ち合って夕食を共にしたり、フランスのテレビ番組のインタビューを受けたり、もちろん映画祭に出席したりと、忙しくも本当に楽しい日々でした。

アントニオ・バンデラス主演のスペイン映画、公式参加作品でもある「ザ・スキン・アイ・リブ・イン」を観た後、フランスのテレビ局関係者と夕食に出かけたりもしました。

映画祭の開催中、カンヌは多くの人でごった返しています。バケーションにはうってつけのスポットなので、世界中から人々がやってくるのです。
美しい海岸、温暖な気候、そして映画祭の興奮、何もかもが魅力的です。

瀟洒なカフェでモーニング・コーヒーを飲むことから、私の一日がはじまります。
そこでは様々な人との出会いがあり、すぐに打ち解けて親しく話すようになり、毎朝、彼らと会うのが楽しみになったくらいでした。

映画祭の最終日にも出席したのですが、その時に目にしたカメラの数、ジャーナリストの数は、私が今までにレッド・カーペットで体験した数を遥かに上まっていました。そこにはカトリーヌ・ドヌーヴがいたのです。

彼女は国民的スターだというばかりでなく、やはり世界のスターだと言うことを実感しました。
授賞式後の夕食会で彼女と顔を合わせることができ、久しぶりの嬉しい再会となりました。同伴していた素敵な娘さんにお目にかかるチャンスにも恵まれました。

そして最終日を飾ったもう一人のスターは、伝説のハリウッド女優ジェーン・フォンダでした。
見事なドレスをまとった彼女の美しさはいまだ衰えず、その圧倒的な存在感は、まさしくその夜の主役そのものでした。

彼女は授賞式のプレゼンターを務めただけでなく、モデルのナオミ・キャンベルが主催した「日本支援ファッションショー」にも登場しました。
キャットウォークを颯爽と歩くその姿は、プロのモデルがかすんで見えたほど美しかったそうです。彼女とは長年の知り合いですが、私はロサンゼルス、彼女はニューヨークに住んでいるため、なかなか会うチャンスがありませんでした。
でも映画祭のお陰で、久しぶりに挨拶を交わすことができてラッキーでした。

ある夕食会で、フランスのテレビ局関係者と同席していたのですが、同じテーブルにハリウッド女優のマリサ・ベレンスンもいました。
日本では、1970年代の映画「ベニスに死す」や「キャバレー」でお馴染みかもしれません。
感じの良い方でユーモアのセンスにも溢れ、お陰で笑いの絶えない愉快な夕食となりました。

今回のカンヌではじめて出会った人たち、親しくなった人たち、そして再会した人たちとは、まるで長年の友人のような気分になり、私がパリへ発つ時には、少しさみしい気持ちになってしまいました。
再びカンヌを訪れ、また皆と会えるのを楽しみにしています。特に、ジェーン、カトリーヌ、そしてマリサと会えたことは、嬉しいことでした。

その後、私はカンヌからパリへ飛んだわけですが、パリでの出来事は次回のブログで紹介したいと思っていますので、楽しみにしていてください。
それでは、また。ごきげんよう。
ジョージ
【翻訳 H・SANO】
【お知らせ】
- 2011-05-31 (火)
ウエストサイド物語 50周年記念イベント
7月8日(金)から18日(月)まで開催されるベンチュラ・フィルム・フェスティバル、7月9日(土)ジョージ・チャキリス氏がレッド・カーペットに登場。
当日はベンチュラ・ビーチ・マリオット・ホテルに於いてスペシャル・ディナーやアフターパーティーに参加可能。
詳しくは、http://venturafilmfestival.org/ticketsまで。


